ついに日本のJNCAPでもMPDB衝突評価が始まりました。JNCAPでは新オフセット前面衝突試験という名称を使っています。MPDBとは、Mobile Progressive Deformable Barrierの略(前方移動型の変形バリア)で、先に欧州の評価機関であるユーロNCAPで評価が始まっていました。国内ではまだまだ認知度が低い衝突評価ですので、ユーロNCAPとの比較や導入された経緯を含めて解説していきたいと思います。
新旧オフセット衝突試験を比較
従来の旧オフセット衝突試験は通称ODB試験と言われています。ODBはOffset Deformable Barrierの略で、その名の通り車両の中心からオフセットされた変形可能なバリアを意味します。
※Deformable Barrier(変形可能なバリア)とは、事故の相手車両の変形を再現するための構造体で、中にはアルミ板のハニカム構造が敷き詰められています
新オフセットの場合、変形可能なバリアを使うことは同じですが、バリアの硬さなどはユーロNCAPの規格に合わせて硬いものになっています。また、バリアを台車に取り付け、50km/hの速度を持たせることが大きな違いです。また、車幅の40%をバリアとラップさせる旧オフセット衝突に対して、50%をラップさせます。
衝突速度は旧オフセット衝突試験では64km/hでしたが、新オフセット衝突試験では評価車両50km/h、バリア台車50km/hで対面での正面衝突を模擬します。また、衝突のエネルギーは½ × m × v^2 で計算できます。評価車両の重量を1500kgとすると、
旧オフセット衝突試験:½ × 1500(kg) × 17.8(m/s)^2 = 237(kJ)
新オフセット衝突試験:½ × 1200(kg) × 13.9(m/s)^2 + ½ × 1500(kg) × 13.9(m/s)^2
= 116(kJ)+145(kJ) = 261(kJ)
となり、旧オフセット衝突試験に比べて約10%、衝突エネルギーが大きいことになります。とはいえラップ量も40%から50%に増えているため、車体へのダメージという点ではそこまで厳しくなったとは言えません。
ユーロNCAPとJNCAPで違うMPDBの試験条件
前項ではJNCAPにおける新旧オフセット衝突試験の違いを述べましたが、同じMPDBでもユーロNCAPとJNCAPで試験条件が異なります。大きな違いはバリア台車の重量です。
JNCAPが1200kgの台車と衝突させているのに対して、ユーロNCAPでは1400kgの台車を使っています。ユーロNCAPによると、1400kgは一般的な中型ファミリーカーに相当する重量とのこと。ちなみにJNCAPの台車重量1200kgの根拠は過去10年のJNCAP評価車両の平均を販売台数で重み付けし、平均乗車人数の1.5人分の重さを合わせた数値とのことです。
MPDBの特性上、台車重量における200kgという違いは決して小さくありません。JNCAPとユーロNCAPでそれぞれ根拠を示していますが、何かしらの意図があるようにも見えますが、それは次回。
なぜ新オフセット衝突試験(MPDB)が導入されたのか(表)
ではなぜ旧オフセット衝突試験に代わり新オフセット衝突試験(MPDB)が導入されたのでしょうか。一言でいうと『実際の事故状況に則した評価を行うため』です。
現在の交通環境では大きくて重いクルマから小さくて軽いクルマまで入り混じっており、そうなると実際の事故も軽いクルマ同士、重いクルマ同士、軽いクルマと重いクルマというパターンがあります。しかし、旧オフセット衝突試験では変形可能なバリアが固定されているため、評価車両の重量分の衝突エネルギーしか加味されません。つまり、軽いクルマの評価では相手車両も軽いクルマ相当ということになり、実際の事故状況とは異なります。
軽いクルマが相手ならば車両骨格はそれほど強い必要はありません。しかし、軽いクルマの相手車両はたいていそれよりも重いクルマになります。逆に重いクルマの相手車両はたいていそれより軽いクルマになります。重いクルマの相手車両が同じ重さの想定で車両骨格を作ってしまうと、実際の衝突相手の軽いクルマには厳しすぎるクルマになってしまいます。
歩行者保護の考え方と同じように、クルマに乗っている人の安全だけではなく、事故の相手側の安全性も高めていくのが昨今の社会での安全性能です。MPDBではバリア側の変形度合いを評価し、相手車両にも優しい車体構造になっているのかを評価して加減点しています。つまり、実際の事故に近い評価をして、それに則したクルマを自動車メーカーに作ってもらう。結果として社会全体での交通事故による死亡事故や重症事故を減らすことが目的です。
・・・というのが表向きの理由です。裏の理由は次回。
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