現在、私自身は純ガソリンエンジン搭載のクルマとバイクしか所有していませんが、EV嫌いというわけではありません。むしろEVの将来性には大いに期待しています。EVへの関心が高まったのはBMWがi3を出した頃ですが、それからというもの、EVの情報集めや試乗を積極的にしてきました(9メーカー20台のEVを試乗)。しかしその甲斐もなく、まだ本気で欲しいEVには出会えていません。その理由はズバリ、記事のタイトルにある通り、EVにもFan to Driveを求めているからです。モータージャーナリスト(自動車評論家)があまり語らない『EVのFan to Drive』について、現役自動車エンジニアとしての考えを言語化していきたいと思います。
結論としては、EV特有の重心の低さや前後重量バランス、重量物をリジットマウントすることによりハンドリングの良さが光ります。しかしながら、車両重量の重さとタイヤサイズにミスマッチが起きており、結果として限界グリップ力の低下やコントロール性をスポイルしており、エンジン車に比べてFan to Driveが少ないと言わざるを得ません。
EVならではのFan to Drive『低重心』
EVの特徴としてまず思い浮かべるのは『低重心』ではないでしょうか?EVの駆動用バッテリーは床下に敷き詰められることが殆どです。その主な理由は①客室や荷室を極力広く取りたいこと、②重量物を低い位置に置いた方がクルマが安定する、③交通事故でバッテリーを損傷させないため、の3点です。
これらの理由からEVはSUVタイプであってもセダンやスポーツカー並の重心の低さを実現可能です。低重心=楽しいクルマというわけではありませんが、左右のタイヤ間の荷重移動が少ないため、ロールも少なく、操舵に対する応答性が良くなるのが利点です。左右のコーナーが連続するようなワインディングではハンドリングが楽しく感じられることでしょう。
駆動用バッテリーをリジットマウント
エンジン車の場合、乗員に不快な振動を感じさせないように、エンジン本体や排気管はフロート構造になっています。ただし、実際に浮かせることはできないのでゴムのブッシュやマウントを介在させてボディに取り付けています。これらの重量物がぶら下がっていることで、実はハンドリングは悪くなります。これは、ハンドルを操作して車体が動き始めてから遅れて重量物が動くためです。実際、最近のスポーツカーなどは排気管が左右に暴れないようにブッシュの形を工夫したりしています。
EVの場合、そもそもモーターや駆動系に振動がないため、バッテリーやモーターを車体に直接マウントすることができます。EVのハンドリングがスッキリしているのはこのことによる部分も大きく、エンジン車には不可能なハンドリングを実現可能です。
問題は車両重量?
低重心や重量物のリジットマウントはハンドリングにとって間違いなくプラスですが、いかんせんEVは駆動用バッテリーを積む分重くなってしまいます。重量とFan to Driveの関係は一筋縄では行きません。スポーツカーに取って軽さは正義と言われる一方、重いクルマが楽しくないわけでもありません。例えば重量級のスポーツカーである日産GT-Rは現行型で車重が1740kgから1770kgあります。軽量級スポーツカーのロードスター(1010-1070kg)と比べると約1.7倍の重量があるにも関わらず、そのハンドリングはスポーツカーそのものです。
タイヤのグリップキャパシティとは
ではなぜEVは楽しく感じないのでしょうか?理由の一つにタイヤのグリップキャパシティの問題があります。
クルマの重量とタイヤの関係について理解するために大事な点が2つあります。一つはタイヤのグリップ力は荷重(車重)に比例しないこと、もう一つはEVは車重に対してタイヤサイズが小さいことです。
荷重とグリップ力の関係について説明します。タイヤの摩擦力は大きく凝着摩擦とヒステリシス摩擦に分けることができます。このうち荷重依存特性があるのが凝着摩擦です。凝着摩擦は物体同士の真実接触面積に比例するグリップ力です。ゴム場合、相手物質の凹凸にフィットするため、この真実接触面積が大きくなります。そのため、他の物質に比べて大きな摩擦力を発揮する反面、荷重を大きくしても真実接触面積は比例しません。つまり、上のグラフのようにタイヤにかかる荷重を倍に増やしても摩擦力は倍にはならず、タイヤの性能が逓減していきます。これが理由の1つ目であるタイヤグリップの荷重依存特性です。
EVのタイヤサイズ、おかしくない?
一方、EVの多くは重量に対してタイヤのサイズが小さいものが使われています。これは主に電費を向上させ、航続距離を伸ばすためと考えて良さそうです。たとえばプジョー208とe−208はガソリン車とEVですが、タイヤサイズが一緒です(GTはどちらも205/45R17)。1.2Lガソリンエンジンの208は1160kgでEVのe−208は1500kgと、300kg以上の重量差があるにも関わらず、タイヤサイズは一緒なのです。車重が大きいのにタイヤサイズが同じということはタイヤの面圧が大きくなり、増えた車重に比例するコーナリングフォースやコーナリングパワーを発揮することができません。つまり、限界グリップ力が低く、操舵に対して鈍い車両挙動になるということです。
車重とタイヤサイズの関係
ガソリン車の例としてロードスターとGT-Rを比べてみましょう。車重は約1.7倍ですが、タイヤサイズはロードスターが前後205/45R17に対して、GT-Rは前タイヤが255/40R20、後タイヤが285/35R20です。幅がロードスターの約1.3倍、タイヤ径が約1.15倍なので、単純計算でタイヤの接地面積は約1.5倍です。面圧としては(1.7/1.5=)約1.1倍なので、同等と言っていいのではないでしょうか。
一方、日産ARIAは車重がロードスターの約2倍ですが、タイヤサイズは235/55R19で幅が約1.15倍、タイヤ径は約1.2倍で接地面積は約1.38倍に過ぎません。面圧は(2/1.38=)約1.5倍もあります。
言い方を変えると、ARIAはGT-Rよりも約300kg重いのに細いタイヤを履いています。これでは軽快でスポーティなハンドリングにするのは難しそうです。ARIA NISMOには255/45R20も用意されています(標準ARIAにもオプション設定あり)。この場合、タイヤの接地面積はロードスターの約1.49倍、面圧は約1.3倍まで近づきます。航続距離を犠牲にしてもやはり本当は太いタイヤを履かせたいようです。
ちなみにポルシェ・タイカン ターボSであっても、2380kgの車重に対して前タイヤ265/35R21、後タイヤ305/30ZR21というタイヤサイズです。 車重はロードスターの約2.29倍、接地面積は約1.62倍で面圧は約1.4倍という計算結果です。ここまでタイヤを太くしてもロードスターの面圧には及ばないのが現状です。
まとめ
今回は『EVにFan to Driveはあるのか』を題材にEVの車体構成や車重、タイヤサイズに着目して説明してきました。バッテリー配置による低重心化やリジットマウント化による運動性能への好影響はあるものの、車体の重さがハンドリングの楽しさをスポイルしていることは否めません。これは航続距離を伸ばすためにタイヤサイズを小さくしていることが主な原因として考えられます。全固体電池などの技術革新によりエネルギー密度が高いバッテリーが搭載されるようになれば、ガソリン車並のサイズのタイヤを装着できるようになるかもしれません。そのときEVにとって真のFan to Driveが体現できることでしょう。
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