以前もテスラのメガキャスティングについて、その利点と欠点について記事にさせていただきましたが、今回はその続編です。衝突事故などでボディが変形した際にメガキャスティングだと修理ができないという問題があります。これが事実なのかどうか、何が問題なのか、どういう戦略なのかを現役自動車メーカーエンジニアが考察していきます。
メガキャスティングは修理できない?
メガキャスティングで制作した部品は基本的にはダイキャスト(≒金型で作る鋳物)製品です。通常の板金プレス部品と比べてダイキャスト品で問題になるのがリペアビリティ(修理のしやすさ)です。
一般的な鉄のフライパンと鋳鉄製のスキレットを思い浮かべてみてください(メガキャスティングはアルミです)。薄い鉄の板でできているフライパンは、仮に凹んだとしても叩けば直せます。曲がってしまっても逆側に曲げればもとに戻すことが可能です。これは一般的なクルマのボディと一緒です。しかし、スキレットではそうはいきません。変形が入るとある程度は曲がるものの、それ以上の変形では割れてしまいます。さらに、薄い金属板なら切って溶接で繋げることも比較的容易ですが、厚みがある鋳物だと格段に難しくなります。特にクルマのボディのように複雑で精度を求められる骨格構造になれば、町工場の板金作業で治すことはまずできないでしょう。
というわけで、メガキャスティングで作られた部品自体は修理できないと考えてください。次にメガキャスティングの部品ごと交換できるかというと、こちらも実質不可能だと思います。その理由はクルマを組み上げる順番です。テスラを含むモノコックボディのクルマは、まずアンダーボディで組み上げられ、その上にアッパーボディを組んでいきます。そのあとにエンジンやシャシー、内装、艤装部品を組み付けます。そのため、後からアンダーボディの大きな1パーツを取り外したり組み付けたりするようにはできていません。では修理できないならクルマをぶつけたら即廃車かと言うと、そんなことはありません。
メガキャスティングが使われていても軽度な事故の修理は可能
メガキャスティングの部品は修理できないと聞くと、事故を起こしたらすぐに全損扱いになってしまい、即廃車になると思われるかもしれません。しかし、メガキャスティングが使われていても多くの事故ケースで修理は可能です。なぜなら、メガキャスティングを使っていても、バンパーを含む車両前後の部品は依然として別構成になっており、交換可能だからです。
まず自動車事故の殆どはエアバッグが開かないような軽微な衝突であると言えます。軽微な衝突で交換するのは、前後のバンパー(外側の樹脂部品と金属製のバンパーリインフォース)やフェンダー、ドアパネルですが、これらはボディ骨格がメガキャスティングになっても交換可能です。なおかつ、バンパーリインフォースやクラッシュボックスは効率よく衝突のエネルギーを吸収する構造になっており、低速での衝突であればこれらの交換で済むように作られています。もちろんこれはテスラだけでなく、ほぼすべての乗用車が同様の構造です。特にアメリカで売られるクルマは法規制の関係上、ちょっとやそっとの衝突ではボディ本体に影響がないように作られています。
事故全体からすれば割合はごく僅かですが、それでも前後のバンパーなどで衝突エネルギーを吸収しきれない場合は、メガキャスティングのボディ骨格部品が変形することになります。その場合は残念ながら 修理不可→全損→即廃車 ということになります。ただし、その場合はメガキャスティングで作ったアンダーボディが衝撃を吸収し、乗員やリチウムイオン電池パックを保護してくれます。
修理ができないことはメリットにもなる
では、上記のような大きな事故で修理ができないことがどれほどのデメリットになるでしょうか?従来のクルマの場合、事故で骨格まで変形してしまっても、一応修理は可能です。変形した箇所を切断し、新しい部品を持ってきて切り貼りします。ここまで手を入れてしまうと自動車の走行性能や衝突安全性能はとてもじゃないですが、保証できません。大抵の場合は中古車を買ったほうが安く付きます。それなのになぜ修理をする人がいるのかというと、事故相手の保険の特約などにより、買い換えるよりも修理したほうが出費が少ないというケースがあるからです。もちろん、いちエンジニアの意見としては、ボディ骨格の修復はおすすめできません(ドアの交換とかは全然OKです)。
話をテスラに戻すと、例えメガキャスティングを採用していなかったとして、ボディ骨格を含む修理をする機会がどれほどあるでしょうか?特にEVの場合、絶対に損傷させたくないバッテリーが床一面に敷き詰められています。下手なボディ修復状態の事故車が出回り、それらのクルマが大事故を起こしてしまうリスクもあります。それならばいっそ、修理不可を前提として作ったほうが中古車市場でも安全性が担保され、メーカーの信頼性も保たれます。
一方、トヨタなどの老舗メーカーは従来のユーザーも大切にしなければならないため、今までできていたこと(=どこまでも修理できるリペアビリティ)を手放すことは難しいと思います。やはり新興メーカーであるテスラだからできる戦略であり、コペルニクス的転回と言えるかもしれません。
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