一般ユーザーでもハイテン材という材料を聞いたことがある人はいらっしゃると思います。ここではハイテン材に関する技術的な特性や使い所、よくある誤解について解説していきます。特に、『ハイテン材をたくさん使っているのでボディ剛性が高い』と言うモータージャーナリストがいますがこれは間違いです。実はハイテン材を使ってもボディ剛性は上がらず、むしろ下がってしまうことすらあります。このあたりの理由も含め解説していきます。
ハイテン材の背景
最近のクルマは年々、ハイテン材の使用率が上がってきています。ハイテン材とは、高張力鋼板(high‐tensile steel plate)の略で、その名の通り材料に強い力をかけたときに、より強い力に耐えることができる鋼板です。1990年代からのクルマのボディ作りのトレンドは衝突安全性能の向上と燃費向上のための軽量化です。これらの相反する要求を満たすために取ってきた手段がハイテン材の使用です。
ハイテン材の効果
まずはハイテン材ではない普通鋼板で作られた車体を考えます。この車体が衝突の力を受け止めた時に大きく変形してしまったとします。この変形を起こさないためには車体の強度を高める必要があります。対策としては鋼板の板厚を上げるか、材料の強度を上げるかの二通りが考えられます。板厚を上げたほうが安上がりなことが多いですが、クルマを重くしたくない事情もあるので、板厚はそのままでハイテン材を使います。この場合、構造体の剛性は上がりません。材料がもつ強度が上がっても材料の剛性であるヤング率が変わらないためです。逆に板厚を上げた場合は強度だけでなく剛性も上がります。これは構造体の断面二次モーメントが大きくなるためです。
このように、ハイテン材は主に衝突時の車体の強度を高めるために使い、材料を置き換えるだけでは剛性は上がりません。
ハイテン材を使うと車体の剛性が下がる?
では、ハイテン材を使って車体の剛性が下がってしまうのはどんなパターンでしょうか?それは衝突安全性能をそのままに、ハイテン材で軽量化しようとしたときに起きます。プラットフォームの基本構成を変えずにハイテン材使用率を上げると、板厚を薄くしても強度を保つことができるため、減らした板厚分、軽量化することができます。
しかし、断面二次モーメントで決まる剛性は板厚の3乗に比例(平板の場合)するため、板厚が1/2になると剛性は1/8になってしまいます。実際の車体の構造体は平板ではなくロの字断面なのでそこまで顕著には減らないものの、板厚を減らすことによる剛性減少は決して小さくありません。
なぜ『ハイテンを使うと剛性が高くなる』という誤解が起きる?
ではなぜ『ハイテン材を使うとクルマの剛性が上がる』という誤った認識をされることが多いのでしょうか?
理由の1つ目は強度と剛性の違いがわかりにくいことです。別記事でも紹介していますが、強度と剛性は全く異なる機械的特性です。物理の知識がない一般ユーザーやモータージャーナリストにとっては似たようなものと思われているかもしれませんが、ここの理解がハイテン材を理解する上では欠かせないと言えます。
理由2つ目はメーカーがハイテン材の良い面しかアピールしないことだと思います。これはハイテン材の使用に限った話ではないですが、ある新技術を導入したことをアピールする際はメリットだけを提示し、デメリットには言及しません。メーカーが悪いわけではありませんが、その説明がないばかりにモータージャーナリストも正しいことを理解しないままユーザーに情報発信してしまっている現状があります。
理由3つ目はクルマの進化の歴史上、ハイテン材の使用率向上と車体の剛性向上が同時に起きたことです。1990年代以降、クルマの衝突安全性能は急激に良くなっています。その過程でハイテン材の使用率向上だけでなく、車体構造自体の変化も起きたことでクルマの車体の剛性は高くなりました。実際は車体構造の変化により高くなった剛性ですが、その知見が無い人にとってはハイテン材によって車体の剛性が向上したように受け取られてしまっているようです。
まとめ
・衝突安全性能を高めるために高張力鋼板(ハイテン材)の使用率は増加傾向
・ハイテン材は強度が高いが剛性は変わらない
・普通鋼板をハイテン材に変えると強度が増すが、剛性は変わらない
・普通鋼板を板厚が薄いハイテン材に置き換えると、軽くなるが剛性は下がる
コメント
ハイテン鋼の光と陰を分かりやすく解説して頂きありがとうございます。四苦八苦して軽量化=ハイテン化で苦労している、鉄鋼業に在籍していた人間として嬉しい情報です。ハイテン化が進むとプレス成型に支障が出て、予熱してからプレスする愚かなことをしている。
励みになるコメントありがとうございます。
鉄鋼業にお勤めだったとのことで、その節はお世話になりました(汗)
ご指摘のホットスタンプについても今後、詳しく解説したいと思います。