クルマの剛性と強度とは

『剛性』と『強度』という言葉はさまざまなクルマ雑誌、カタログ、webサイト、Youtubeで登場します。しかしながら誤用も多く、開発に携わる者として残念に思っています。『剛性』と『強度』はどちらもモノの強さや硬さを意味しますが、その定義は大きく異なります。実は自動車メーカーの人間でもわかってない人が多く、社内でも度々誤用されてしまっています。今回、少しでも多くの人に正しい知識でカーライフを楽しんでもらえるように『剛性』と『強度』について解説していきます。

剛性と強度の意味

『剛性』とは、ある部材に力を加えた時の変形のしにくさを指します。ガラスとゴムを比べると、ガラスは剛性が高く、ゴムは剛性が低いと言えます。もう少し丁寧に言うと、部材が元の形に戻る範囲内での変形のしにくさが剛性です。『ガラスのような硬さ』というイメージでもOKです。

一方『強度』とは、壊れにくさを指します。ハンマーでガラスとゴムを叩いたところを想像してください。ガラスは簡単に割ることができますが、ゴムを叩いても元に戻ってしまいます。この壊れにくさのことを一般的に強度と言います。『ゴムのような硬さ』というイメージでOKです。

ガラスは剛性が高く(触っても変形しない)、強度は低い(叩くと割れる)と言えますが、逆にゴムは剛性が低く(押すと変形する)、強度は高い(叩いても壊れない)と言えます。これらのように『剛性』と『強度』は全く別のものという認識を持って下さい。クルマの性能においてもそれぞれ異なる働きをしていますが、これらを混同している文系モータージャーナリストは意外と多いものです。

剛性と強度 衝突安全性能が高くなるのはどっち?

よくある間違いが『ボディの剛性が高いから衝突安全性能が高い』という理屈です。一見すると正しいことを言ってそうですが、これは誤りです。先に述べたように、剛性が高いというのは(ガラスのように)壊れない領域での硬さを指します。交通事故のような大きな衝撃では、ガラスのような硬さ(剛性)は意味がありません。ゴムのような硬さ(強度)が重要です。衝突安全性能が高い=(イコール)強度が高いクルマではありませんが、ボディ剛性と衝突安全性能は関係ありません。

最近見たフォルクスワーゲンGolfのカタログでまさにこの間違いがありました。輸入車あるあるですが、本国仕様のカタログを日本語に訳す際の誤訳のようです。

剛性と強度 走行性能に効くのはどっち?

一方、走行性能に寄与するのは『剛性』です。通常、スポーツ走行であってもクルマには力を加えても元の形に戻る領域の変形しか起きません。この場合は剛性が各部位の変形量を決め、各部位の変形量がクルマの動きや運転者へのフィードバックに影響します。

クルマの剛性と言っても種類や効果はさまざまです。ボディ全体の剛性としては、ねじり剛性、縦曲げ剛性、横曲げ剛性などがあり、他にもサスペンション取付部の局部剛性、サスペンションのアーム類やブッシュの剛性、エンジンやトランスミッションマウントの剛性、ステアリング周りの剛性など、力が加わる場所には必ずと言っていいほど剛性が関わります。

詳しくは今後の記事で、これらの剛性について解説していきたいと思います。

高張力鋼板(ハイテン)を採用すると何が良い?

 高張力鋼板(ハイテン)とは、クルマのボディにも多く採用されてきている高強度の鉄板材料です。ここでよくある間違いが『高張力鋼板を多く採用しているから剛性が高い』という理屈です。

高張力鋼板は一般的な鋼板から材料の中身を変えて強度を高くしたものですが、その強度は『引張強さ』や『降伏応力』というものを基準にしています。ここで重要なのは材料の強度が上がっても、材料の剛性そのもの(ヤング率)はほぼ変化しないということです。高張力鋼板を採用する目的は軽量化です。普通材で衝突安全性能を満たそうとすると板厚を上げる必要があり、重くなってしまいます。そこで高張力鋼板で強度を上げ、その分板厚を薄くすることで重量増を抑えています。材料の剛性そのもの(ヤング率)は変わらないのに板厚を薄くすると剛性は下がります。『高張力鋼板を多く使っているからボディ剛性が高い』というのは文系モータージャーナリストの典型です。

某有名チューニングショップが販売している足回りのサブフレーム系の部品で高張力鋼板を採用しているものがありました。剛性を高めるために高張力鋼板を採用していると語っていましたが、残念ながら間違いです。意味なく高張力鋼板を採用してしまったのか、強度的に必要性が有って採用したのかはわかりませんが、高張力鋼板には剛性を高めるという効果はありません

まとめ

『剛性』は、ある部材に力を加えた時の変形のしにくさで、『強度』は壊れにくさを表す

・交通事故のような大きな衝撃では『剛性』はほぼ関係なく、『強度』やその先の特性が重要

走行性能に寄与するのは『剛性』だが、一口に剛性と言っても種類や効果はさまざま

・高張力鋼板(ハイテン)で強度が上がっても材料の剛性(ヤング率)はほぼ変化しないので、高張力鋼板にしても剛性は高くならない

・高張力鋼板を採用する目的は軽量化

まとめると上記のようになります。今後も少しでも多くの人に正しい知識でカーライフを楽しんでもらえるようにクルマの技術を解説していきたいと思います。

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