前回の『ロールセンターを徹底解説(1) 〜ロールの中心ではないロールセンター〜』では、ロールセンターがロールの中心ではないことや、ロールセンターの真の意味はロール抑制効果(アンチロール効果)であることに言及しました。アンチロール効果の詳細についても図を使って説明しています。
ロールセンター第二回の今回は、操縦安定性等に影響をもたらすロールセンターの設計について現役自動車メーカーエンジニアが解説していきます。
ロールセンターはどう決める?
ロールセンターの高さをどうやって決めるのかというと、重心高や車両の性格(スポーツ or 快適重視)、高速安定性などから総合的に決めることになります。重心高が高ければ、ステアリング操舵の初期ロールを抑えるためにロールセンターを高くする必要があります。一方でロールセンターを高くしすぎると、タイヤがストローク時に左右に揺動(ようどう)することになり、乗り心地の悪化や、高速安定性が阻害されることになります。
ロールセンターの高さは、車両のサスペンションのジオメトリー(サスペンションアーム等の配置)とタイヤの着地点によって下図のように決まります。車両のサスペンションのジオメトリーで決まるのは各ストローク位置での瞬間回転中心です。この瞬間回転中心とタイヤの接地点を結んだ線の交点がロールセンターになります。乗り心地の悪化や高速安定性を犠牲にせずにロールセンターを高くしたい場合、タイヤのトレッド幅を広げることが有効です。左右の荷重移動も抑えられるので一石二鳥です。近年のSUVや大型ミニバンがその他のボディタイプに比べて全幅が増えていることの原因でもあります。
また、瞬間回転中心はタイヤのストロークによって時々刻々と変化するので、ロールセンターは走行状況によって上下左右に移動することになります。
ロールセンターの移動と操縦安定性
ロールセンターが移動するとどうなるかというと、車両のロール量によってアンチロール効果が増減するということです。FFのフロントサスペンションに専ら用いられるストラット形式の場合、ロール量が増えると瞬間回転中心が旋回内側に移動し、それによってロールセンターも下方に移動することになります。その結果、ストローク増に伴ってアンチロール効果が減っていきます。
操縦性としては、ステアリング操舵初期はアンチロール効果によってクイックな手応えと反応がありますが、ロールが大きくなるにつれてアンチロール効果が減り、ズルズルとロールが大きくなっていきます。しかし、実は駆動輪であるフロントタイヤのトラクションを稼いだり、アンダーステアを抑えるために意図して設計していることなのです。
前後のロール剛性配分と操縦安定性
アンダーステア/オーバーステアの特性や駆動輪のトラクションは前後のロール剛性配分が大きく関わります。ロール剛性配分とは、遠心力を前輪のグリップ力で受け止めるのか、後輪のグリップ力で受け止めるのかの配分です。例えば、フロントサスペンションのアンチロール効果を高めたり、ばねやスタビライザーを硬くすると前輪の左右荷重移動が大きくなります。荷重移動が大きくなると相対的にタイヤのグリップ力は減少するため、アンダーステア傾向になりトラクションも減ります。
前後のロール剛性配分とロールセンターの移動を巧みに使っているのがFF車のストラット式フロントサスペンションです。操舵初期は車体がロールしていないのでロールセンターが高く荷重移動が早い(フロントサスのロール剛性配分が高い)ため、ステアリングの応答性が良くなります。コーナリング中盤以降にロール量が増えると、ロールセンターが内輪側の下方に移動し、荷重移動が抑えられる(フロントサスのロール剛性配分が低い)ことにより、フロントタイヤのグリップが相対的に高くなります。これによりアンダーステア傾向が抑えられ、トラクションをかけてコーナーを脱出できます。もちろんこの特性を実現するためにはリアサスペンションとのマッチングも重要な上、ボディのねじり剛性も必要になります。
このように、車両前後のロール剛性配分の過渡特性をロールセンターの設計で作り込むことで、理想的な操縦安定性を作り込んでいると言えます。
ダブルウィッシュボーン/マルチリンクのロールセンター
一方、ダブルウィッシュボーン/マルチリンク式のサスペンションでは、タイヤの瞬間回転中心はアッパーアームとロアアームが交差する点にあります。アームの長さや角度を変更することで、ロールセンターの高さを調整することができます。車両のロール運動に対するロールセンターの上下移動量はストラット式よりも小さくできます。
高性能FF車のリアサスには上下不等長のマルチリンクサスを使い、ロールセンターの上下移動量を少なく抑えることがトレンドになっています。
車高調でロールセンターを変えるとどうなる?
自動車メーカーがロールセンターを適切に設定することで、近年のクルマの操縦性や安定性は高度に最適化されています。ユーザーが車高調などで車高を下げると重心は下がりますが、それ以上にロールセンターの高さが下がり、ステアリングを操舵したときの応答性が悪くなります。素人のチューニングカーではこれを抑えるためにフロントのバネやダンパーを固くして操舵応答を高めようとするあまり、乗り心地が悪くてアンダー傾向が強いクルマになってしまうことになります。
自動車メーカーでは、上記のような本末転倒を避けるため、ベースモデルよりも車高を下げたスポーツモデル(なんちゃってではなく、本気のモデル)ではサスペンションアームのジオメトリーから変更しています。一方、車高が高いSUVモデルではサスペンション全体を車体からオフセットして取り付ける例もあります。これはプロのチューニングショップでもそうそうできることではなく、最近のクルマの車高を変えることの難しさが分かると思います。
まとめ
まとめると、ロールセンターの設計は車両の重心高や動的性能の位置づけによって決められており、むやみにロールセンターを高くすると乗り心地の悪化や高速安定性に影響を与えます。また、ロールセンターはタイヤのストロークにより上下左右に動く特性があり、この特性を巧みに利用することで、ステアリング操舵時の応答性やアンダー/オーバーステア、トラクション性能等の操縦安定性が作り込まれています。高度に最適化された近年のクルマは、ユーザーが車高調などでカスタマイズすることが難しくなっていると言えます。
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