自動車のサスペンションに関する用語に「ロールセンター」というものがあります。多くの人が誤解している、もしくは曖昧な知識で止まっているロールセンターについて図解を交えながら現役自動車メーカーエンジニアが解説していきます。
よくある「ロールセンター」についての間違い
よくある『ロールセンター』の説明とは ”ロールセンターとは、車両がコーナリング中、横へ傾く(ロールする)時の回転中心であり、振り子の回転軸のようなもの” というものですが、この説明は間違っています。
実際にクルマがロールするときにはロールセンターが中心軸にはなりません。さらにロールセンターの位置は車両の状態によって刻々と上下左右に移動することになり、振り子の回転軸とは異なります。
残念ながら「ロールセンター」という言葉そのものが誤解の元になってしまっているようです。クルマの本当のロール中心は重心とロールセンターの間にありますが、その中心にはあまり意味はありません。ちなみにロール挙動というのは車両の前後方向から見た時の角度変化を表す回転運動であり、回転中心の位置は関係ありません。どこを中心に回転したとしても、1度は1度なのです。それでは『ロールセンター』にはどんな意味があるのでしょうか?
自動車ジャーナリストが言う「ロールセンター」の意味
自動車ジャーナリストなどがロールセンターという言葉を使う場合、「ロールセンターが高いほど車体のロールが少なく、安定性が高い」という説明をします。しかし、この説明ではロールセンターというものがロールの中心であるという誤解や、ロールセンターは高いほど良いという誤解が生じかねないことに注意が必要です。実際にはロールセンターは車体のロールの軸ではなく、ばね下がばね上に対して横力を加えるときの合力点を指しており(後に解説)、ロールセンターを高く出来ない理由も存在します。
ロールセンターの真の意味
ロールセンターとは、ばね上とばね下がサスのリンクを介して横力を伝え合う合力点のことです。ちなみに合力点とは、複数の力が作用する物体において、それらの力を一つの力に代表させる際に、その力が集中する点のことを指します(重力や遠心力が重心点に作用していると考えることと同じ)。
つまり、タイヤと路面の摩擦によって生じる横方向の力がサスペンションアームを介し、ロールセンターを中心に合力として作用します。一方で旋回中の遠心力は重心点に合力として作用します。一般的に重心高はロールセンターよりも高く、重心高とロールセンター高さの差がモーメントアーム(テコ原理のテコの長さ)として作用し、車体をロールさせます。そのため、ロールセンターを高くするとモーメントアームが小さくなり、クルマのロールが抑制されます。逆にロールセンターが低く、モーメントアームが大きくなるとロールが大きくなります。
実はこのロールセンターが地面よりも高い位置にあることが重要です。ロールセンターの真の意味とは、ロールセンターが地面よりも高いことで生まれるロール抑制効果(アンチロール効果)です。
そもそもなぜクルマはロールするのか?
ロールセンターの真の意味はアンチロール効果だと説明をしましたが、アンチロール効果を理解するためにはクルマがなぜロールするのかを考えなければいけません。簡単に言ってしまうとクルマがロールするのは、サスペンションがついているからです。まずは簡単な図形でロールを考えてみます。
まずはサスペンションが無いクルマを考えてみます。摩擦力は左右のタイヤに分かれて働いており、摩擦力の合力と遠心力は釣り合っています。サスペンションが無いのでロールはしません。ただし、左右のタイヤの間では荷重移動は起こります。これは遠心力と摩擦力がオフセットして作用しているためにクルマが回転しようとし、それによって発生する力です。遠心力と摩擦力のオフセットによる回転モーメントに相当する荷重移動が起き、旋回内輪は縦方向の荷重が減り、その分外輪の荷重が増えます。
次に、乗り心地を良くするためにサスペンションを付け、タイヤが上下だけに動くようにしてみます。タイヤには横方向の摩擦力と縦方向の荷重移動の力が働いていますが、タイヤは上下にしか動かないので、荷重移動によるストロークが発生します。旋回内輪は荷重が減った分ばねが伸び、外輪は荷重が増えるばねが縮みます。結果としてクルマは地面に対してロールすることになります。
もちろんこのままでもクルマは走れますが、荷重移動分そのままロールしてしまうので、ステアリングを操舵したときの応答性は悪く、乗り心地や安定性の面でも悪影響がでます。
そこでサスペンションによるタイヤの動きを上下ではなく、斜めに動くようにしたのが現代の独立サスペンションです。タイヤはサスペンションアームが作り出す瞬間回転中心と言われる仮想軸を中心とした円運動の軌跡を通ります。タイヤが上下にしか動かないサスの場合、左右の荷重移動分そのままロールすることになりますが、現代の独立サスでは話が違ってきます。タイヤに横方向の摩擦力と縦方向の荷重移動の力が働き、その合力が作用するところまでは同じですが、この合力と瞬間回転中心の方向が異なることがアンチロール効果を生み出すミソになります。
路面からタイヤへの合力をベクトル分解します。瞬間回転中心に向かうベクトル(赤矢印)とタイヤのストローク方向のベクトル(青矢印)です。この青矢印のベクトルでタイヤをストロークさせることになりますが、荷重移動の力よりも小さいため、上下運動のみのサスペンションに比べてストロークさせる力が小さいことが分かります。これがアンチロール効果です。
ロールセンターを高くすると、全くロールしないクルマも作れます。瞬間回転中心の方向と路面からタイヤへの合力の向きが一致する場合、青矢印の長さは無くなりストロークはゼロとなります。ストロークしないということは、車体もロールしません。
瞬間回転中心に向かうベクトルはサスアームを介して車体に伝わります。瞬間回転中心に向かうベクトルを左右輪で合わせたものが遠心力と釣り合うことになり、この合力点がロールセンターと呼ばれているというわけです。
まとめ
ロールセンターについて、そもそもなぜクルマはロールするのかを説明し、遠心力や荷重移動、摩擦力、タイヤの瞬間回転中心の位置関係でロールが決まることを説明しました。一般的に誤解されがちなロールセンターのイメージは振り子の回転軸ですが、実はロールセンターとは、ばね上とばね下がサスのリンクを介して横力を伝え合う合力点のことなのです。そしてこのロールセンターによってアンチロール効果が発生し、このことがロールセンターの真の意味と言えます。
自動車に興味を持つ人にとっては、ロールセンターの正確な理解がクルマの運動性能に関する知識を深める上で重要です。正確な知識を持ち、自動車用語の概念を理解することで、クルマをより深く理解し、より楽しいカーライフを送ることができるでしょう。
ロールセンター徹底解説の第二回はロールセンターの設計についてです。
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