読者のみなさんは『ロールアンダーステア』を理解できていますか?『ロール』も『アンダー』もわかるけど『ロールアンダーステア』となるとよくわからないという方が多いのではないかと思います。実際、Google検索で『ロールアンダーステア』を検索してもまともな解説を見つけることはできませんでした。私はクルマの開発に携わる中で知り、理解したところです。頭の中を整理するために記事にしてみましたので、みなさんのお役に立てれば幸いです。
ロールアンダー、アンダーステアとは?
ロールアンダーとはその名の通り、クルマがコーナーでロールする(左右に傾く)ことで、アンダーステアになることです。『アンダーステア』もWebサイトや文献によって定義が曖昧ですが、ここでは2種類の使い方をします。
- ハンドルの舵角は一定なのにカーブでの走行ラインが膨らむ
ハンドルの舵角(切れ角)を一定にしているのにだんだんとカーブの外側に走行ラインが膨らむと感じることはありませんか?このように、『フロントタイヤはスリップしていないにも関わらず、クルマが曲がりにくく感じる現象』はアンダーステアと呼ばれています。
- フロントタイヤが滑って曲がらない
一方で、主に限界領域ではちょっと違う意味でのアンダーステアが発生します。フロントタイヤとリアタイヤのグリップ限界はそれぞれ別にあるため、コーナリング中にリアタイヤはグリップしているのにフロントタイヤが滑り始めることがあります。こうなってしまうとハンドルを切っているのに曲がらない状態、すなわちアンダーステアになります。つまり、アンダーステアという言葉にはタイヤのグリップ限界で曲がらない状態と、ドライバーが曲がりにくく感じる状態という2つの使われ方があるということです。
車体がロールすると何が起きる?
- サスジオメトリーの変化
車体がロールするということは外輪側のサスペンションが縮み、内輪側のサスペンションが伸びるということです。サスペンションが上下に伸び縮みすると、タイヤとボディを繋ぐアーム類の角度が変わりますが、それと同時にタイヤが内側を向いたり(トーイン)外側を向いたり(トーアウト)します。これを『ロールステア』といいます。
- ロールセンターの変化
また、ロールによってサスジオメトリーが変化するということは、ロールセンターも変化することを意味します。ロールセンターについては過去のこちらの記事で詳しく解説しています。過去の記事でも解説しているように、ロールセンターの真の意味は、タイヤの瞬間回転中心を地面よりも高くすることによるアンチロール効果にあります。つまり、ロールセンターの変化がもたらす影響は、アンチロール効果の変化ということになります。
ロールセンター変化によるアンダーステアについては後述しますが、アンチロール効果の増減はタイヤのグリップ限界におけるアンダー/オーバーステアのバランスに影響するだけでなく、以下のロールステアによるアンダーステアも誘発します。
『ロールステア』によるアンダーステア
ここからがロールアンダーの本題になります。、クルマがロールすると外輪サスペンションが縮み、それに伴ってタイヤのトー角が変化します。多くのクルマの場合、このときのトー変化はトーアウト側に動きます。
これは車両側面から見たときのロアアームの取付角度によるものです。ロアアームの車体側の取り付けは前後の2点ですが、その取り付け高さはやや前下がりになるようについています。ということは、ロールしてタイヤが車体に対して上に移動すると、前下がりになっている分、タイヤ(とナックル)は前方に移動します。タイヤのトー角を決めているのはタイロッドですが、FF車の多くはタイヤの後ろ側にタイロッドがついています。タイヤが前に移動すると、ナックルの後ろ側がタイロッドに引っ張られ、トーアウト側にタイヤの角度が変化するのです。これがロールステアの原理です。
- ちょっと余談(ロールステアとイタリア車)
ロールステアには走行安定性を向上させるという意味があります。もしこれが逆の特性の場合、カーブを曲がるためにステアリングを操作した時、車体のロールによってクルマが勝手にもっと曲がろうとするわけです…。ちょっと怖いですね。
また、ロールステアはカーブを曲がる時だけではなく、直進中にも安定方向に働きます。逆にイタリア車などはアンダーを嫌うため、車体がロールしてもトーアウトにならないセッティングにする傾向があります。そのためイタリア車でハンドルを切ると、クルマがギュンギュン曲がる感覚があるのはこのためです。ただし、背反として直進安定性を犠牲にするか、その他の方法で安定性を作り出す必要があります。クルマの設計には必ずといっていいほど背反があるのが難しいところであり、面白いところでもありますね。
『ロールセンター変化』によるアンダーステア
一方、ロールセンターが変化することでリアタイヤよりもフロントタイヤがスリップしやすくなり、アンダーステアになることがあります。メカニズムとしては、ロール→前タイヤのロール剛性配分が増加→フロントの相対グリップ力減少→フロントタイヤがスリップ→アンダーステア という順番です。
FF車のフロントサスペンションに採用されるストラット式サスペンションの場合、フロントタイヤのロール剛性配分は下がる方向なので、前タイヤの相対グリップは増え、オーバーステア傾向になります(実際のオーバーステアではなく、『傾向』です)。これはFF車の駆動輪であるフロントタイヤのトラクションを稼ぐためのセッティングでもあります。
逆にFRやMRなどの後輪駆動の場合、リアタイヤのトラクションを稼ぐためにフロントタイヤのロール剛性配分が高く設計されることが多いですが、これによりロールアンダーになるかというと、そう単純な話でもありません。
- ロールアンダーが起こるサスペンション形式
ロールセンター変化によってアンダーステアが起きるかどうかは、前後タイヤのサスペンション形式の組み合わせと、そのジオメトリー設計で決まります。
例えばBMWの多くはフロントサスペンションにストラットを採用し、リアはマルチリンクが主流です。一般的にマルチリンクやダブルウィッシュボーンはロールセンター高さの変化量が少ないため、FF車と同様、ロールによって前タイヤのロール剛性配分が下がっていきます。そのため、基本的にはロールセンター変化によるロールアンダーにはならないと考えられます。
一方、おなじ後輪駆動でもMRのポルシェ ケイマン/ボクスターやホンダS660の場合、フロントサスもリアサスもストラット式です。後輪駆動なので初期ロール剛性配分は前タイヤ寄りになっており、リアサスペンションのほうがよく動きます。そしてロール角が深くなるにつれてその差が大きくなり、最終的にはロールアンダーステアになると考えられます。これは重量配分がリア寄りのため正しいバランスとも言えます。
このように、サスペンション形式は前後の組み合わせ方が重要であり、大まかに車両の限界特性を推察できます。ジオメトリー設計や重量バランス、走行環境や動的な相互関係によって実際はもっと複雑なことが起きていますが、前後サスペンションの形式と動きを想像してみると走りへの理解が深まると思います。
(小話)スポーツカー開発の裏側
私が担当したスポーツカー(ベースモデルがあるクルマのスポーティモデル)ではこのロールアンダーに関して面白いことが起きました。スポーツ性能を高めるためにベースモデルに対して車高を下げているのですが、試作車に乗ってみるとロールアンダーが顔を出してきたわけです。ここまで読んできた方はわかると思いますが、車高を下げるということはフロントサスペンションのロアアームがバンザイしてしまいます。ロアアームがバンザイすると、ロールセンターが下がるので、本来得られるはずのアンチロール効果が得られない上、ロールによるロールセンター変化量も多くなり、ロールステアによるロールアンダーが発生したというわけです。
これは市販車をユーザーが車高ダウンしても同じことが起こります。車高を下げたはずなのに曲がりにくくなったという経験がある人は少なくないと思います。これを嫌ってメインスプリングやダンパーを固くするというのはよく聞きますが、対処療法に過ぎません。乗り心地が悪く、路面追従性が悪化するので足が跳ねてしまい、速く走るためのサスペンションではなくなります。
これに対してやはりメーカーの仕事は違います。車高を下げてロアアーム角度が変わってしまった分、ロアアームの取り付け位置を上方に変更してしまいました。エンジンの下にあるサブフレームを作り変えてしまったのです。これは一般ユーザーには到底できることではなく、メーカーがスポーツモデルを作ることの意味を感じた瞬間でした。と、同時に最近のスポーツカーを一般ユーザーやプロのチューナーが改造しても直線以外は速くならないと言われている理由を悟ったできごとでもありました…。
コメント