大容量バッテリー、自動運転、メガキャスティング、トヨタ超えの時価総額と、なにかと注目されているテスラですが、私としてはテスラのクルマ作りそのものにも注目しています。ここで紹介するクルマ作りとは、デジタルや電子技術ではなく、ハードウエアとしてのボディやシャシー性能の作り込みです。今回はテスラの衝突安全性能について調べた結果をご紹介したいと思います。
衝突安全レイティング評価
2022年6月現在、JNCAP(日本国内販売車を対象に実施している衝突安全性能の評価)でテスラを評価した実績はありません。そこで今回参考にしたのはANCAP(オーストラリア版のJNCAP)の結果です。なぜなら日本とオーストラリアは同じ右ハンドルで地理的にも近く、衝突安全に関する法律やレイティングの評価基準も似通っているため、車両の仕様がほぼ同じになるからです。テスラジャパンのHPにもANCAPの評価結果が載っているのでテスラとしてもこちらを参考にして欲しそうです。
ANCAPの結果は以下の通りです。どちらも優秀な結果です。
2019年 テスラモデル3 ★★★★★(5つ星)
大人乗員保護性能:96%(得点率)
子供乗員保護性能:87%
歩行者保護性能:74%
予防安全性能:94%
2019年 テスラモデルX ★★★★★(5つ星)
大人乗員保護性能:98%(得点率)
子供乗員保護性能:86%
歩行者保護性能:72%
予防安全性能:94%
比較のため、同じ年に評価され、オーストラリアで一番売れている乗用車であるトヨタRAV4の評価結果を見てみましょう。こちらも優秀な結果です。
2019年 トヨタ RAV4 ★★★★★(5つ星)
大人乗員保護性能:93%(得点率)
子供乗員保護性能:89%
歩行者保護性能:85%
予防安全性能:83%
これだけの比較でも少し傾向が見えてきます。テスラが得意としているのは大人の乗員保護性能と予防安全性能です。一方、歩行者保護性能に関してはやや低いです。予防安全の自動ブレーキ等でぶつかる前に止めるという実安全寄りの思想かもしれません。
【前面衝突】テスラの安全性 構造的理由
ではテスラの安全性能が高い理由はなんでしょうか?
テスラは言うまでもなく電気自動車です。床下には大量のリチウムイオンバッテリーが敷き詰められています。リチウムイオンバッテリーは壊れると発熱や発火の危険性が有りますが、殆どのユーザーはそれを承知の上で購入するため、メーカーとしてはユーザーを安心させられるだけの安全性能を確保する必要があります。
テスラが衝突安全で有利な点は、車両前側にエンジンがないことです。これは同じく前側にエンジンがないMRやRRのクルマでも同じことが言えますが、いわゆるクラッシャブルゾーンというやつです。
フルラップ前面衝突の場合、車両の速度を50km/hから0km/hまで減速させる必要があります。その時の減速させる時間の長さが乗員にかかる負担に直結します。減速の時間が長いほど、乗員をゆっくり減速させることができるので、小さい負担で済みます。車両前側にエンジンが無いクルマは、そのクラッシャブルゾーンを潰し切る間、減速させる時間を稼ぐことができ、前面衝突安全性能の素性が良いクルマができあがります。
また、副次的な効果もあります。車両前側にエンジンがあると衝突時にエンジンが車室内に侵入し、挟まれた足の重症化が問題になります。その点、そもそもエンジンがなければ車室内への部品の侵入もコントロールしやすく、足の怪我も比較的軽症で済むというのが一般的な見方です。直接生命に関わる怪我ではないですが、後遺症や社会復帰までの時間が少なく済むという意味ではこちらも非常に重要な性能です。
【側面衝突】テスラの安全性 構造的理由
床下にバッテリーを敷き詰めるタイプのEVの弱点は側面衝突です。側面衝突では前面衝突のようなクラッシャブルゾーンを確保しづらい上に、バッテリーを損傷させるわけにはいかないからです。
ではテスラの構造はどうなっているでしょうか?テスラのHP等には明記されていませんでしたが、サイドシル(クルマに乗り降りする際に跨ぐ部分)内にかなり立派な構造物がありました。ちなみに私が確認した車両はメガキャスティングによる生産ではありません。
この構造物はおそらくバンパーリインフォース等にも使われる高強度のアルミの押し出し材です。剛性、強度がともに高く、側面衝突からバッテリーを保護するための要の部品と言えます。このアルミの押し出し材をフロントタイヤの後ろからリアタイヤの前まで真っ直ぐに通すことで、あらゆる種類の側面衝突に対応しています。
【疑問】メガキャスティングによるボディの衝突安全性能
次に疑問として出てくるのが、メガキャスティングでアンダーボディを作る際の衝突安全性能の確保と材料の使い分けです。
前述の通り、従来の構造では部分的に高強度アルミ押し出し材を使い、衝突安全性能を確保しています。一方テスラは、メガキャスティングを使いアンダーボディを2分割で作ると謳っています。そうすると当然サイドシルとその他の一般構造部は同じ材料で作ることになりますが、また次の問題が出てきます。
サイドシルと一般構造部では求められる材料強度が大きく異なります。一般構造部に使われる強度が高くない材料で現状と同じ強度のサイドシルを作ろうとすると、断面が大きく、重くなってしまいます。サイドシルのみアンダーボディと別部品で作り、後で合体させるという手もありますが、この問題はなにもサイドシルだけではないので、効率的に材料を配置しようとすればするほどツギハギのボディになっていき、メガキャスティングによる一体成型の旨味がなくなってしまいます。
この二律背反をテスラがどう解決していくのかが今後の見所だと思います。今後も調査を続け、わかったことがありましたら記事にしていきたいと思います。
まとめ
・JNCAPでテスラを評価した実績が無いためANCAP結果を参照し、高い衝突安全性能を確認
JNCAP(日本国内販売車を対象に実施している衝突安全性能の評価)でテスラを評価した実績はありません。そこで今回参考にしたのはANCAP(オーストラリア版のJNCAP)の結果です
・テスラが得意としているのは大人の乗員保護性能と予防安全性能
・テスラはエンジンが無いので衝突時の減速が緩やかになり、前面衝突安全性能の素性が良いクルマになる
・エンジンがなければ車室内への部品の侵入もコントロールしやすく、足の怪我も比較的軽症で済む
・サイドシル内にアルミの押し出し材を配置し、あらゆる種類の側面衝突に対応
・衝突安全性能のために効率的に材料を配置しようとすると、メガキャスティングによる一体成型の旨味が少なくなる
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