これまでの記事(ボディ剛性①〜④)でボディのねじり剛性や横曲げ剛性、縦曲げ剛性について解説してきました。しかし、クルマの剛性にはボディ全体の剛性だけではなく、局部剛性や取り付け剛性と言われるものもあります。今回は一般にあまり理解されていないこれらの剛性について解説していきます。
局部剛性ってなに?
局部剛性とはその名の通り、局部的な狭い範囲での剛性のことです。一般的に剛性とは部材に力を加えてその変形のしにくさを指すため、普通は部材の端から端や締結の間の剛性を考えます。一方局部剛性では、力が作用する点付近の剛性だけを考えます。よく使われる例としては、フロントサスペンションのストラット(いわゆるダンパー)がボディに取り付くサスタワーと呼ばれる部位の剛性です。この部位はサスペンションから瞬間的な上下入力が多く入るため、ボディ全体の剛性よりもサスタワー取り付け部付近の剛性が大きく影響することになります。
局部剛性はどうやって評価する?
局部剛性は静的な評価ではなく、動的な評価が必要です。静的評価とは、ボディのねじり剛性の測定方法のように評価部位に力を加え、動かない状態(平衡状態、静的な状態)での変位などを測定することを言います。一方動的評価は、時間依存性がある現象の評価に使います。クルマの評価でいえば実際に走らせる評価を動的評価と言うことが多いです。前述のサスタワー取付部の局部剛性の場合、走行中のクルマは各部の重量(慣性力)とボディ構造による剛性でストラットを押さえつけているため、動的評価になります。
つまり、ボディのねじり剛性のように他の3輪のサスペンションを固定して剛性を評価するのではなく、ストラット取付部を加振するなどの方法で局部的な剛性を評価します。具体的にはボディからサスペンションストラットを取り外し、その取付面をハンマーで叩き、その振動数を測定します。局部剛性が高ければ振動数が高く、局部剛性が低ければ振動数が低くなります。
某国内メーカーではVWのup!を購入し、上記の方法でサスタワーの局部剛性を測定して自社のコンパクトカーの性能目標としました。しかし、あまりにサスタワー剛性が高かったため、同等性能までもっていけなかったということがありました。
取り付け剛性ってなに?
また、取り付け剛性とはある部品がボディに取り付いていたとして、その取り付け構造で起きる変形のしにくさを指します。例として、やはりサスペンションストラット(ダンパーのこと、サス側)とサスタワー(ボディ側)で考えてみましょう。前章の局部剛性ではサスタワー上面の剛性を評価しました。しかし、ストラットとサスタワーは一体となって動くでしょうか?もちろんそんなことはありません。ストラットは2、3点のボルトでサスタワーに取り付けられているので、タイヤからの入力があったときにはそのボルト周辺に大きく力が集中します。力が集中すると変形も大きくなるため、結果的に剛性が低くなってしまいます。
具体的な例がトヨタのGA-Bプラットフォームと使っているヤリス・ヤリスクロスとレクサスLBXの違いです。ヤリス・ヤリスクロスではストラットの取り付けが2点締結だったのに対し、LBXではGRヤリス同様3点締結になっています。これにより入力が分散されて取付部の変形が少なくなり、実質的に(取り付け構造だけで)剛性が高くなります。
取り付け剛性を高くすると何が良いの?
前章でも触れていますが、取り付け剛性向上のメリットは結局のところ、実質的な局部剛性向上です。ただし、ボディ側で局部剛性を向上させようとすると板厚を大きくするなど重量増につながりやすいのに対して、取り付け剛性はボルトの変更など、最小限の重量増で済むことが大きなメリットです。
例えば2023年8月に発表されたGRカローラの一部改良モデルでは、足回り部品のボルトの形状を変えるという実に細かい変更をしています。フロントはステアリングギアボックス取り付けボルトのフランジ追加、リアはサブフレーム取り付けボルトの六角サイズの大型化です。いずれも座面径は変わらず、ボルトの呼び径(ネジ部の太さ)も変わっていなければ、締め付けトルクが大きくなるわけでもありません。ですが、ボルトの頭の形状だけで剛性が高くなるなら質量対パフォーマンスのメリットは非常に大きいと思いませんか?
ボルトの形状で剛性が高くなるメカニズム
では、ボルトの”頭の形状”だけで取り付け剛性が高くなるのはなぜでしょう?少々難しくなりますが、図解を交えて説明したいと思います。まず、ボルトの仕事を考えてみましょう。ボルトはその軸方向の力で部品と部品を押さえつけ、そこで発生する摩擦でもって部品同士が動かないようにしています。しかし、ボルトの頭の形状変更だけではボルトの軸力は変わらず、摩擦力も変わりません。そこで、応力分布の考えが必要になります。
ボルトが部品を押さえつけるとき、その力はボルトの座面内で均一ではありません。ボルトの中心付近では押さえつける力が強く外側では弱くなります。これが応力分布です。中心付近で強く押さえつけられるので、締結される部品が力を受ける面の大きさはボルトの座面よりも小さくなります。そしてその付近で本来のサスペンション等の入力を受け止めることになります。
一方、ボルトの頭形状を工夫し、リブを設けたり六角サイズを大きくすると、ボルト座面の変形が少なくなることで、座面の外周部まで力が分散されます。すると締結される部品が力を受ける面が大きくなります。大きい面積で力を受け止めるので変位は小さくなり、実質的に剛性が高くなるというわけです。
まとめ
・局部剛性とはその名の通り、局部的な狭い範囲での剛性のことで、サスペンションの取付部などの変形のしにくさのことを指す。
・局部剛性は部材のもつ固有振動数を利用して評価する。
・取り付け剛性とは、部品の取り付け方法によって変わる局部剛性のこと。
・取り付け剛性を高めることで、車重を増やさずに剛性を上げることができる。
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