ボディ剛性② ボディ剛性の設計

 前回の記事ではボディ剛性の基本であるねじり剛性について、操縦安定性や乗り心地への影響や原理について解説しました。今回はボディ剛性について語られる話の真偽について、自動車メーカーエンジニアの視点から解説したいと思います。

ねじり剛性〇〇%向上!はホント!?

出処:https://www.honda.co.jp/auto-archive/integra/3door/2006/mechanism/whitebody/ ホンダ・インテグラ ホワイトボディ

 フルモデルチェンジしたクルマの発表で語られがちな『ねじり剛性〇〇%向上!』という謳い文句ですが、鵜呑みにするのは控えたほうが良いです。これは数字のマジックであることがほとんどです。人は大きな数字に弱く、数字を大きく見せることで性能向上分を誤認させる狙いがあります。

 マジックのタネは、クルマがどんな状態でのねじり剛性なのかということです。ボディ剛性はボディ単体(ホワイトボディと呼ばれる状態)と完成車(ガラスやドアなどの部品がついた状態)で全く異なります。ざっくり言うと、ホワイトボディ単体での剛性は完成車の6〜7割程度です。このボディにエンジンやボルト留めのブレースやリインフォース、ガラスをはめ込むことでかなり剛性が上がります。『ねじり剛性〇〇%向上!』はボディ単体での剛性向上分を指していることがほとんどです。これにより実際(完成車)のねじり剛性向上分(数%)よりも数字を大きく見せることができます。

 メディアやモータージャーナリスト、Youtuber達はメーカーが言う『ボディ単体のねじり剛性〇〇%向上』の〇〇%をあたかも完成車でのねじり剛性向上分かのように説明している場合があるので注意が必要です。
 とはいえ年々クルマのボディ剛性は向上しているので、フルモデルチェンジでボディ剛性が上がっているのは間違いありません。ねじり剛性の数値に踊らされず、実際のフィーリングが重要です。

日本車とボディ剛性

 日本車のボディ剛性は欧州車に比べて低いと言われています。近年の日本車ではそんなこともなくなってきていますが、一昔前では明らかに差があったのは事実です。

 日本車のボディ剛性が低い理由のひとつは、欧米に比べて速度域が低いことです。前回の記事でねじり剛性が高速走行での安定性に寄与することを説明しましたが、低速走行が多い日本の交通環境だとボディ剛性が高くてもオーバースペックになりがちです。日本に輸入されるようなプレミアムブランドはそれでも良いかもしれませんが、安く軽く燃費がいいことは日本車の価値であった時代、コストをかけてボディを重くする剛性向上はある意味『無駄なコスト』でした。

 ふたつめの理由は定量化しにくい性能だからです。ボディ剛性の重要性はエンジニアの間では昔から認識されていたものの、なぜ、どのくらい必要なのかを定量的に説明できない(説明が難しい)ため、役員や他部門を説得できなかった、という事情があります。10秒で時速200kmまで加速させるには〇〇馬力以上必要という計算はできても、ボディ剛性が〇〇Nm/deg以上必要という計算はできません。

 最近では官能評価の重要性も認識され、ボディ剛性を取り巻く環境も変わってきました。ドライバーが感じる現象を『ゴツゴツ感』や『操舵時のスッキリ感』などの名称をつけて点数で評価したり、ボディ剛性が違う試験車両を用意して試乗させることで、社内の抵抗勢力を説得できるようになりました。また、他メーカーの競合車やベンチマークと比較し、欧州車と肩を並べるレベルのねじり剛性を持つ日本車も珍しくなくなりました。

ボディ剛性のベンチマーク

 これは正直言って私は好きではないクルマの作り方ですが、ベンチマーク(目標、指標など)となる他メーカーのクルマを定めたり、他の競合車がどれくらいの性能を持っているかを調査し、自社製品の目標値を決めるというやり方があります。

 コンパクトカーにおけるベンチマークとして挙げられるのはフォルクスワーゲン(主にゴルフ)です。『現行モデルのゴルフのねじり剛性が〇〇Nm/degで次期ゴルフが〇〇Nm/degくらいになりそうなので、それに対抗するために〇〇Nm/deg以上にしましょう。』という目標の決め方です。ト○タだけでなく、他の国産メーカーや海外メーカーでも少なからずやっている手法ですが、いちエンジニアとしては理詰めで目標値を決めたいものです。

撮影:HAL

FF車はリアのボディ剛性が弱い?

 コーナリング中のクルマは横Gやサスペンションの働きによりロールすることになりますが、ロール剛性は前後の車軸で一定ではありません(詳しくはこちら)。通常はトラクションを稼ぐため、駆動輪側のロール剛性配分を低めに設定します。FF車の場合、重心(重量物)は比較的前方にあるのにリアのロール剛性配分が高いため、FR車よりもリアボディが大きくねじられることになります。

作図:HAL

 リアのボディ剛性が低いFF車は、フロントサスペンションの設計でロール剛性を低くしていても、ボディがねじれるためリアサスで踏ん張ることができず、フロントもロールすることになります。せっかくのサスペンション設計の意図がボディ剛性の弱さで無駄になってしまうのです。この話からもボディ剛性がサスペンション性能の土台であることがわかると思います。また、『ボディ剛性が高いとサスペンションが機能する』と言われるゆえんです。

 衝突安全性能の為、クルマのフロント部分はリアに比べて剛性が高い構造になっています。衝突安全性能で必要な強度とボディ剛性は全く別の性能ですが、骨格部材をまっすぐ通したり板厚を厚くするなどの構造は強度と剛性の両方を高めます。

 以上のように、重量物の位置、前後のロール剛性配分、リアのボディ剛性の観点からFF車はリアボディがねじられやすい宿命を持っています。駆動も操舵もしないことから軽視されがちだったFF車のリアのボディ剛性ですが、乗り心地や高速安定性のためには剛性を確保したいところです。実際、近年登場したFF系のプラットフォーム(トヨタのTNGA、スズキのハーテクト、スバルのSGPなど)のリアボディを見ると、サスペンションの着力点と開口部を閉断面の環状構造で繋ぎ、かなり入念にリアの剛性を確保しているように見えます。

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