2023/4/28にダイハツによる記者会見があり、以下のような発表がありました。
” 海外市場向け車両の安全性能に関する認証において、側面衝突試験で前席ドアの内張り部品(ドアトリム)内部に本来の仕様にはない加工を施すという不正を行った。
正規部品を用いた社内再試験で法規で定められた基準を満たしていることは確認済み。今後、審査機関認証当局立ち会いのもとで再試験などを行い、側面衝突性能が法規に適合していることが確認され次第、出荷を再開する。”
各種報道がされていますが、本記事では不正が行われた側面衝突の認証試験とはどんなものなのか、また、担当者が行ったとされる不正内容にフォーカスして現役自動車メーカーエンジニアがお伝えしたいと思います。
側面衝突の認証試験(UN-R95)とは
クルマの衝突安全性能は世界各国の法律で規定されており、基準を満たしていなければ販売することができません。しかし、各国がそれぞれ独自に基準を作るのは難しいため(技術や規模的に)、ある程度の地域ごとに共通の基準が採用されています。具体的には北米(アメリカやカナダなど)、中国、欧州(日本やその他の国)の3パターンが主流です(各国で細かい違い有り)。
欧州などの基準であるUN-Rの場合、車輌型式ごとに認証試験を実施し基準を満たしていることが確認できれば、UN-Rを採用する各国で販売できるというわけです。
側面衝突試験の概要
側面衝突の認証試験(協定規則 UN-R95)では、クルマの安全性を実車を使った衝突試験で評価します。これはクルマが横から衝突された場合の乗員保護を評価するためのテストです。実はこの規定の全文は国土交通省ホームページから誰でもダウンロードすることができます。
試験の方法
この試験では、テスト用台車をクルマの前席の側面に衝突させます。このテスト用台車は重量950kg、速度は時速50km/hと決められており、前部にはクルマのバンパーにあたるハニカムバリアが取り付けられています。
評価するクルマの中には、計測用のダミー人形が配置され、人体の各部位における加速度や、骨格に加わった力を計測します。
試験の評価
衝突試験を実施し、認証官立ち会いのもとで基準を満たしているか確認します。その基準は様々で、ダミー人形を使った各計測データが基準値以下であることや、燃料漏れの量、数値化できない危害性や、高電圧の漏電有無やその兆候があるかどうかも評価内容です。
ダイハツの不正の内容
ここからは記者会見の映像を視聴した上での私個人の解釈や推測を含みます。ダイハツからの公式発表ではないのでご注意ください。
技術的な理由
ダイハツの担当者が不正な加工をした理由とされているのは、規則本文中で数値化されていない危害性の要件を満たすためです。具体的には下記の文言があります。”内部の装置又は構成部品は、鋭い突起又は尖った先端による傷害の危険が明らかに増すような方法で剥離してはならない。”
要するに、『評価する車両に載せていたダミー人形が傷ついていなくても、実際の事故のときに乗員に刺さったり切ったりする可能性があるような壊れ方をしてはいけません。』ということです。実際の事故では事故状況はもちろん、乗員の体格や姿勢もバラバラなのでこういう文言になります。
担当者が加工したというドアトリムは、ある程度厚みがある樹脂製の部品です。強度や剛性を確保するためにその裏側にはリブと呼ばれる補強壁や、他部品を固定するための構造があります。側面衝突の際に人体に接触するのはこのドアトリム表面ですが、その裏側の構造物に押されてドアトリム表面が壊れると、乗員に危害を及ぼす恐れがあり、認証不合格ということになってしまいます。そのため、担当者はドアトリムの裏側構造物を加工して弱くすることで、ドアトリムの表面ではなく、裏側の構造物が壊れるようにしたと考えられます。
何が問題なのか
衝突性能の開発において、部品の壊れ方をコントロールすることはよくあることです。では何が問題なのかというと、ユーザーの手に渡る仕様ではないクルマで試験を実施したことです。これでは認証試験の意味がなくなってしまいます。
もしもこの担当者が行った加工を設計変更として正規の部品にも反映させていれば、問題はありませんでした(使用性など他の問題が出る可能性はありますが)。しかし現実的には、認証試験は車両が生産される直前に実施するので、時間的に難しくなります。設計変更することで他の性能へ影響が出ないかを検討する必要があるからです。
認証試験で不合格になると、変更を加えて再試験ということになりますが、再試験までには少なく見積もっても1ヶ月以上かかるので、ギリギリのスケジュールを組んでいる自動車開発においては大きなインパクトです。記者会見でも言っていましたが、担当者は大きなプレッシャーを感じていたのは間違い無いと思います。
まとめ
本記事では、ダイハツで不正が発覚した側面衝突の認証試験の概要について、協定規則であるUN-Rや試験方法について解説しました。また、不正をしたと思われる理由を推測を入れて技術的な視点で解説した他、不正の問題点についても言及しました。
不正を行ってしまったダイハツの担当者を責めようという思いは全くありませんが、今回の件で改めて感じたのは、メーカーやそこで働く人間には超えてはいけない一線があるということです。法令を順守するのはもちろんですが、何よりもユーザーの期待や信頼はブランド力そのもので、それを裏切ることはブランドの崩壊に繋がる一大事だということを痛感しました。
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