クルマの剛性と断面二次モーメントの関係

 クルマを理解する上でいくつかの学問の知識が必要になります。例えば運動力学を理解していると、物体(クルマ)に作用する力と加速度などの関係が理解できます。エンジンを理解するには熱力学や振動学を理解する必要があります。また、クルマの基本であるボディの強度や剛性を理解するには材料力学を知っておくと、より理解が深まると思います。材料力学の中でも核となる考え方が、タイトルにもある断面二次モーメントです。ここでは、難しい数式をなるべく使わず、イメージ図で説明したいと思います。

断面二次モーメントと剛性

 断面二次モーメントの定義を簡単に言うと、物体を曲げようとしたときの曲がりにくさを表したものです。例えば下の図のように板の幅が10mm、板厚が1mmの板と2mmの板があった場合、2mmの板のほうが曲がりにくいのは容易に想像できると思います。この違いを材料力学的に言うと、断面二次モーメントが大きくなり剛性が高くなっていると言えます。

 では同じ力で曲げようとしたときに、2mmの板はどのくらい曲がりにくいでしょうか?曲げ剛性を比較するために断面二次モーメントを計算します。一様な板の断面二次モーメントはI=bh^3/12と表せます。bは板の幅、hは板厚です。板厚の3乗に比例するので、板厚が1mmと2mmの板では8倍の剛性の差があります。つまり、1mmの板で10mm曲がる力でも2mmの板では1.25mmしか曲がりません。1mmと2mmで2倍になっただけですが、大きな差だとは思いませんか?

クルマの断面で考える断面二次モーメント

 クルマの断面で考えると、平板のように単純ではありません。通常クルマのボディは鉄の平板をプレスし、溶接して作られます。製造上の様々な制約を満たしつつ、断面二次モーメントを確保するために下の図のように袋閉じの断面にすることが多いです。他にも側面衝突の為のドアの補強材にはハイテンの鋼管が使われたり、アルミの押出材で日の字や目の字の断面を使うことがあります。(これらは剛性ではなく強度のために使われることが多い)

 このような中空の断面は、同じ断面二次モーメントを得るための質量が少なく済むので質量効率が良いと言えます。質量効率だけを求めるならなるべく薄い板を使い、できるだけ大きい断面を作れば良いのですが、現実には平板の剛性や強度、室内空間を確保する必要があるため、薄くても0.5mm程度の鉄板が使われます。

断面二次モーメントとアルミ化

 ここまではクルマでよく使われている鉄板で考えましたが、これがアルミ系の材料になるとさらに面白くなります。アルミの密度は鉄の1/3なので、鉄の板を同じ重さのアルミに置き換えると板厚は3倍になり、板厚の3乗に比例する断面二次モーメントは27倍にもなります。

 ただし、鉄とアルミではヤング率(縦弾性係数)という物性値が異なり、アルミのヤング率は鉄の1/3です。剛性はヤング率に比例するので、断面二次モーメントが27倍になってもヤング率分で1/3になるので、同じ重量の板の場合アルミは鉄の9倍の剛性になるということになります。

 次に、クルマを軽量化するために鉄の板と同じ剛性を持つアルミの板に置き換える場合を考えてみましょう。ヤング率が1/3なので、断面二次モーメントは鉄の3倍にする必要があります。平板の断面二次モーメントは板厚の3乗に比例するので、断面二次モーメントが3倍になる板厚は鉄の約1.44倍となります。アルミの比重は鉄の1/3なので、軽量化の効果としては鉄の約1/2の質量にできることになります。

 注意点としては、ここでの議論は平板の剛性ということです。平板の剛性が同等で置き換え可能なのはボンネットフードやフェンダー、ルーフ、ドアのアウターパネルなどの外板と言われる部材です。これが複雑な断面や、強度を要する構造になるとアルミ化による軽量化の効果は少なくなります。軽量化のため真っ先に外板がアルミ化される理由には断面二次モーメントが関わっていました。

フロントサスタワーのアルミ化

 鉄の外板をアルミ化することによる軽量化は質量を約1/2にできますが、剛性を上げたい部材をアルミ化するメリットも非常に大きいと言えます。その顕著な例がフロントサスタワーのアルミ化です。コストをかけられる高級車から導入が始まり、近年ではBMWの3シリーズ系やトヨタのTNGA-Lプラットフォーム、マツダCX-60に始まるラージプラットフォームで採用されています。フロントサスタワーの剛性向上の効果としてはフロントタイヤの上下方向の入力を受け止め、減衰特性を良くし、フロントタイヤの接地感や操舵フィーリングを向上させます。

 アルミにする理由はダイキャストによる剛性向上です。アルミダイキャストとは、金型に溶けたアルミを流し込み、冷やして固めることで自在な断面形状の部品を作ることができます。金型が鉄なので、鉄よりも融点が低いアルミなどの材料しか使えません。平板を曲げるプレス成形とは異なり、必要な箇所にリブを設けるなどして部分剛性を飛躍的に向上させることができます。下記のような断面形状を考えてみましょう。平板に高さ3mmのリブを追加すると、断面二次モーメントは約15倍にもなります。この剛性を平板だけで持たせるには約2.5mmの板厚にする必要があり、リブを設けた場合に比べて約1.9倍の質量になってしまいます。

まとめ

 断面二次モーメントはアルミ化や軽量化、剛性部材を理解するために欠かせない知識と言えます。少し専門的な内容ではありますが、知識があるとクルマはもっと面白くなるという一つの例です。これからもクルマが好きになるための知識や情報を発信していきたいと思います。

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